微生物イッチーの雑草ブログ

なんの役にも立たないけど刈っても刈っても生えてくる

少年の物語

「学校からの帰り道。

いつも通る浜辺、波打ち際の波の中に、

僕は不思議な物体をみつけた。

近寄って見るとそれは、

驚くほど大きなイカだった。

まだ微かに生きている。

僕は急いで駆けて帰り、

母親を引っ張って連れてきた。

 

母親は、桟橋にいた漁師のおじさんと、

こっちを指先しながら話をしている。

僕は烏賊が逃げないように見張っていたけど、

かなり弱っているのか逃げる様子はなかった。

 

母親とおじさんがやってきて、

おじさんは、その烏賊が

「ダイオウイカ」だと教えてくれた。

「生きているダイオウイカは珍しいので、

市場に持っていってやるよ。」

おじさんと僕は烏賊を船に乗せた。

 

「あんなに大きい烏賊なら、

きっと高く売れるんじゃないかな?」

僕がそういうと、母親は

「どうかしらねぇ」と微笑んだ。

 

次の日、駆け足で家に帰ってきた僕は、

「昨日のダイオウイカはどうなった!?」

と母親に訊ねた。

なぜか、詳しくは教えてくれなかった。

でも母親は、他の兄弟には内緒で、

僕に新しい傘を買ってくれていた。

 

ダイオウイカがどうなったのかは

わからなかったけど、

それよりも新しい傘が嬉しかった。

僕は庭に出て傘を広げた。

そしてそれを、くるくると回しながら

明日の雨を祈った。」

 

妻のおじいさんは、

ちょうど去年の今頃亡くなったけど、

亡くなる少し前に、僕にこの話をしてくれた。

その頃、おじいさんは

認知症が進行してたらしい、

でも、おじいさんの話は明快で、

僕には、その話の情景が鮮明に想像できた。

そして、いつか

この話を文章にしたいと思っていた。

 

僕が生まれるよりも遥かに遠い日の

少年の物語を。